2004 名場面集 

 
紅葉狩り
 

  2004.10.23-24 晴れ  寸又渓輔さん 吉田 みっちゃん  

 
 禁漁期を迎えていくらも経たないのに山と沢の流れが恋しくなり、紅葉狩りを口実に渓流へと足を向けた。
 今回は清掃を兼ねてのきのこ採り...という名目の飲み会。 その行程からしてわざわざ沢泊りする必要もないのだが、山で飲みたい一心で土曜の夕刻から歩きだす。当然途中からは暗くなり、ヘッドライトを点けての山歩きとなってしまった。 慣れたルートではあるが、夜の歩行はまた新鮮な趣でよい。晴れていればこそではあるが、たまにはこういうのも訓練にもなって良いじゃないか。 木漏れ日なんて言葉があるが、これは木漏れ月っていうのだろうか。樹間から月明かりが漏れている幻想的な雰囲気の杣道を3人は茸を探しながら歩いていった。
 

 
 さすがに明るい状態で歩くのに比べ約1.5倍近くの時間と集中力を要したが、なんとか山小屋に到着。水を汲んで焚き木に火が入ってようやく安堵する。
 小屋に着いてから新発売のオキシライド電池とやらをヘッドライトに使ってみたが、電球には電圧が高過ぎたせいか数分ですぐに暗くなってしまい、時間を置いて電源を入れると再度点灯する不調を繰り返していた。
 ここまでの月夜の道中でツキヨダケ以外の採れたキノコがあることはあったが、食に適するかがどうも自信なく、ここから病院が遠いこともあって夕飯の食材に使うのは見送った。
 夕飯は焚火で煙いなか、買い忘れでキムチの無いチゲ鍋を闇鍋状態で突っつき食らう。 街中で食えばいまいちの味かも知れないが、腹を空かしてこうして皆で飲んで食えば格別に美味かった。
 
 
 ゴミはそこに何も無いと捨て難いものだが、一度その場がゴミ溜めのようになってしまうと次から次へとゴミは捨てられ増幅いくようだ。だだっ広く見晴らしの良い場所では立小便し難い心理と似ているのだろうか。違うか。
 草木の根元、地面の下と、見た目以上にゴミは多かった。見た目が不快なだけでなく、埋もれたガスボンベ上でうかつに焚火でもすれば危険だろうし、ゴム草履で歩いていればガラス片で怪我するかも知れない。 燃えるものは燃やし、ビン・缶・ガスボンベなどを拾い集めた。
 やり始めたら、あれもこれもで結局、大仕事になってしまった。 大漁、いやいや大量のゴミを前に「あるもんだな〜」。 もちろん今回だけではとても運びきれないので、できる限り分別して一箇所にまてめておき、廃ガスボンベや割れていない瓶・缶を中心に持ち帰った。 でもまだまだ細かいプルタブや土に埋まった割れビンの破片なんかは未回収だったりして、どこまでも徹底できず大雑把なのはとっても俺等流。
 一仕事終えてやれやれと腰を下ろし「あ、キノコ、キノコ〜」とそそくさと帰路のキノコ狩りへと出発した。
 一番狙いはもちろん“舞茸”。 毎年のように狙うことは狙っているのですが、今まで一度も採ったことがありません。 

 

 とりあえずは食べられるキノコを採りながら歩きます...とは言っても、キノコの知識のない者達のキノコ狩りだから無謀極まりない。とにかく図鑑と勘を頼りに食えそうなヤツを採って帰り、あとで知っている人に聞こうって魂胆である。 ザックを背負い図鑑を見ながら杣道を歩く我々の姿は二宮金次郎を彷彿とさせる(?)が、普段から勤勉かどうかは別にして、にわかにヤル気だけは満々々なのである。

 時期が遅いので、傘が開き過ぎたり乾いたり朽ちかけの茸もあって図鑑を見ても容易には判別できません。奇妙な色や形、脆い茸や水っぽいものを避けて、なんとなく喰えそうなモノを当てずっぽうに採り歩く。
帰りの杣道沿いを中心にして探しましたが、それでも各種様々なキノコが採れて持ち帰りました。
 後日の鑑定により、そのほとんどが美味しく食べられる事が判り、これまた嬉しかった。 紫色に尻込みして少ししか採らなかったキノコはムラサキシメジと判って美味しく食べ、パフパフでスポンジ状のホコリ茸は加熱すると、意外にも硬くなり蒲鉾のような弾力のある食感となって驚きました。
 
 今秋は不作といわれた紅葉ですが、渓に入り木々に包まれてみればその鮮やかな自然の色彩に胸躍るものがあります。
 本当に来て良かったな〜。 優しい木漏れ日が射すブ厚い枯葉のうえに寝転びながらそう思いました。

 
 
寸又渓輔さんの山行記
 

  

 
HOME  MENU